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• 一八六六年十一月十二日、翠亨村に生まれた。
• 一八七五年、翠亨村私塾にて読書。
• 一八七九年六月、ホノルルへ読書に赴く。
• 一八八三年七月、ホノルルから里帰り。
• 一八八四年五月、外沙郷盧慕貞と結婚。
• 一八八六年、広州博済病院に入り西洋医学を勉強。
• 一八八七年、香港西洋医学書院に転学。
• 一八九0年、鄭藻如に上書し故郷政治改良、故郷建設の構想を提出。楊鶴齢、陳少白、尤列と一緒に時政を非難、革命を唱導、四大寇連盟を結成。
• 一八九二年、翠亨村に戻り新居を建て、香港西洋医学書院を卒業後マカオ、石歧、広州などで中西洋医学薬局を開き医者をやる。
• 一八九五年、広州蜂起がばれ、 マカオ、香港を経て日本に向かう。
• 一八九六年、ロンドン遭難後、イギリスで西方政治を実地調査。
• 一九00年、東南アジアに武装蜂起の準備運動に従事、恵州三洲田蜂起を起こし、台北に蜂起指揮中心を設立。
• 一九0三年、革命派と保皇派との論戦を指導。
• 一九0四年、ホノルルで洪門致公堂に加入。欧米で革命を宣伝し、革命団体を組織。
• 一九0五年、それぞれの革命団体を連合し東京に同盟会を成立し、総理に推挙された。システム的に三民主義思想体系を提出。
• 一九0七年五月、潮州黄岡蜂起。六月、恵州七女湖蜂起。九月、欽州防城蜂起。十二月、鎮南関蜂起を起こした。
• 一九0八年三月、欽州、廉州蜂起。四月、雲南河口蜂起を起こした。
• 一九一0年二月、広州新軍蜂起を起こした。
• 一九一一年四月、広州「三二九」黄花崗蜂起。 十月、武昌蜂起をし、全国は反響した。十二月、中華民国臨時大統領に当選。
• 一九一二年元旦、臨時大統領に就任。中国封建皇帝制度を終らせ、中国乃至アジア史上の最初の共和国を設立。三月、《中華民国臨時約法》を公布。四月、臨時大統領職を辞め、実業を発起、民生主義を宣伝した。八月、同盟会は他の革命組織を国民党と連合改組させた。九月、全国鉄道監督職務を受け取った。
• 一九一三年、袁世凱を討伐する二回革命に取り掛かった。
• 一九一四年七月、東京にて中華革命党が成立、総理に就任。
• 一九一五年十月、東京にて宋慶齢と結婚。十二月、袁討伐護国運動を起こした。
• 一九一七年九月、護法軍人政府を組織、海陸軍大元帥に就任、広州に政権を樹立。
• 一九一八年五月、辞職し上海で著書活動を展開、国家経済建設の青写真を計画。
• 一九一九年十月、中華革命党を中国国民党と改組。
• 一九二一年五月、広州に中華民国非常政府を組織、非常大統領を担任し、再度広州に政権を樹立。十二月、コミンテルンのマーリン代表を接見した。
• 一九二二年一月、桂林で誓いを立てて北伐に出陣。六月、陳炯明軍隊が反乱。八月、上海へ行った後に中国共産党代表李大釗と会談。十一月、中国国民党改進案を審議。
• 一九二三年一月、《中国国民党宣言》を発表、建国主張を宣言、《中国国民党綱領》を発表、三民主義を宣言、五権憲法は建国綱領とした。ソ連代表越飛と会談した後に《孫文越飛宣言》を署名。二月、広州に陸海軍大元帥大本営を設立、大元帥を担任、三回にわたって広州にて政権を樹立した。
• 一九二四年一月、広州に中国国民党第一回全国代表大会を主催、宣言を発表し、再度三民主義を詳説した。
• 一九二五年三月十二日、病気のため北京に逝去。