春節

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春節

春節は旧暦の1年間の始まりであり、農村において一年中最も重要な祝日でもあります。よその地に出稼ぎに行った村の人たちは、旧暦12月の15日までには家に帰ってくるのが普通です。

旧暦12月の22日に、村の人々が「神様に感謝する」ために、家庭ごとに魚や焼豚などの供え物を持って村廟の北極殿に線香をあげて神様の祝福に感謝します。感謝祭の後、北極殿で村の人々は豚肉を分け、それぞれ家に持ち帰って食べます。村で雑役をしている他の村の人々も「太平の豚」を分けてもらうことができます。

旧暦12月の23日に竈神を祭ります。竈神に天上に行って報告する際に「甘言」を多く伝えてもらうために、祭物には必ず片糖があります。

春節の前に、村の人たちは先ず「部屋の掃除」をする必要があります。家全体を徹底的に清掃し、庭の掃除までします。特に重要なのは、年に一回の「菩薩の洗浄」を実施することであり、屋内に祀られ、一年の蝋燭で薫き染められた神像を、柚子の葉に浸した清水で洗い、菩薩もきれいに新年を迎えられます。この日は通常、旧暦の28日であるため、俗に「年廿八、洗邋遢(年二十八、汚れを洗う)」という言い方があります。この日には、また村廟にお参りに行き、4つの村口で社神と土地神を祭ります。男の人は、28日までには散髪するのが普通であり、正月には散髪しません。

続いて、「正月用品を用意する」ことになり、正月に必要な新しい服、食品、菓子などを購入し、書法が得意な人に「揮春」(春聯)と、さまざまな縁起の良い言葉を書いてもらい、玄関や部屋に貼り付けます。婦人たちは「お餅づくり」を始めます。お餅は黄糖ともち粉で作るのが一般的です。毎年作った一番大きいお餅は、ホールの中央にある神棚の前に供え、お餅の上にはみかんと利市(お年玉)を載せ、来年の上達と大吉大利を祈ります。「煎堆」のような丸くて油で揚げたお菓子は欠かすことのできないものでく、「年越しの夜の煎堆はみんなが持っており」、「煎堆を食べて、金銀満屋になる」という願いが込められています。

大晦日には家族の皆が一緒になって食事をすることが大事であり、外で仕事をしている家族もみな家に帰って「団欒の年越し」を過ごします。

旧正月の初日には、どの家でもみな爆竹を鳴らして「年」を迎え、近所に住んでいる人たちはお互いに「年始回り」をし、子供たちはあちこちで「逗利是」(お年玉をもらう)をし、朝には村廟で神様に挨拶をしなければなりません。金や福をすべて掃ってしまわないようにするために、この日は床を掃くなど清掃をしてはいけません。同治『香山県誌』巻五の「輿地・風俗」の言葉通り、「元日(すなわち、旧正月1日)、年賀、爆竹をならす、清掃禁止」となります。通常、初日には野菜料理を食べる習慣があり、この日に野菜料理を食べると、年中にわたって野菜料理を食べたことと同じで、徳を積むことができると言われています。

旧暦の2日は、通称「開年」といい、各戸や商店、料理店の多くがこの日に市が開く前に財神を祀り、来年の繁栄と順調を祈ります。村の人たちは妻や子供を連れて妻の実家に出かけて新年のあいさつをし、夕食を食べた後に自分の家に帰ってきます。

翌日の3日は、「赤口」と通称され、この日は人とけんかになりやすいので、これを回避するために、出かけて新年のあいさつをしないのが普通です。これは地元の人たちがお正月に食べる煎堆とお餅です。

立春のあと、村の人たちは村廟に「安福」のために行きます。神様の前で来年の風と雨に恵まれること、交通安全、健康などを祈願します。菩薩に加護されていた場合、年末には必ず豚を焼いて「神様に感謝」などをします。

正月の7日は、俗に「人日」と呼ばれ、翠亨村の各族の「灯のお祭り」で、前の年に、男の子が生まれた家では、灯籠を作って本族の祠堂と家の神棚に吊り上げます。「灯を吊るす」あるいは「灯をつける」と呼んでいます。同時に、祠堂の中で系譜に男の子の名前も載せ、この男の子は正式に一族の一員となり、春と秋の祭りと各種の式典の後に、一人分の「太公豚」をもらう資格を持つようになります。この「灯をつける」習俗は、香山の地元で非常に普遍的ですが、各村で行われる時間に少し違いがあります。同治『香山県誌』では、「正月の灯のお祭りに、男の子が生まれた家は灯籠を本族の祠堂に吊り上げ、酒や肉で祈りを行い、灯をつける、または灯を吊るすとも呼ばれ、清明になると、灯籠を燃やして、灯を結んだという」と記載されています。



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